Italia ailati 1971-1979

Ghirri, Luigi, 1979, “Italia ailati (1971-1979)”, Luigi Ghirri, Parma: Università di Parma, 77-8.(2017, “Italia ailati 1971-1979”, The Complete Essays 1973-1991, London: Mack, 43-4.)

————, 2017, “Italia ailati 1971-1979”, Luigi Ghirri: The Map and the Territory, London: Mack, 206.

 

「イタリア・アイラーティ(周縁的なイタリア) 1971-1979」

 

 電車で旅をしているとき、私は車窓から見える風景と、車両内に掲示されたありきたりな場所――ピサの斜塔、ロマネスクの大聖堂、ルネッサンスの都市、山、湖、海岸線の松林――を写している写真とのギャップを楽しんでいます。

 その旅はしたがって二つの部分からなります。すなわち、窓から見えるものと車両の内側で見えるもう一つのものです。おそらくそれは、私がこのイタリアをめぐる旅「イタリア・アイラーティ[1]」と呼んだこの観察の基礎にありました。私は車窓からの旅のイメージと、車両の内側に掲示され並んでいるイメージの両方を記録しようとしました。その結果はイメージのサンドウィッチのようなものでした。公式の、つねに存在している、変化のないイタリア、その他のものとともに、スピードによってぼやけて、それはまるでほとんど重要性のないものでした。しばしば私たちは自分たちの周りの世界でそうした二つの対照的なシーンの合成を見つけるかもしれません。たとえば、塔の胸壁[2]が証明する過去の栄光、その上を飛んでいくツバメの群れ。しかしそれらは青空を背景にしたコンクリートの塀を隠すことはできません。

 私の目的は日常の陳腐さの証明を提供することではありませんし、キッチュ[3]を取り出すことでもありません。どちらかと言えば、知ることや解読することの欲望や、それらの密接な関係や差異についての何かを発見するための二つの対照的な眺めを一緒に持ってくることに私は駆られています。〔イタリアの〕過去はウルビーノ〔のドゥカーレ〕宮殿のような形をした鳥かご[4]や、ローマのショーウィンドウにおけるダヴィデ像の並びによって象徴されるかもしれませんが、多くのものが「売り出し中」ではないことをおぼえておくこともまた重要です。そして、都市の郊外やその周りの丘では市場がどこにでもあるわけではありません。

 私は、200枚ほどの写真で構成されたこのシリーズで、しばしば私からは完全に無関係であるようなモノや歴史や思想の重層の結果としての風景を調査することに着手します。私が読み取ることのできないものは、非常にありふれたものかもしれません――そこにはその地域と混ぜ合わせられたあまりにもたくさんの個別的な記憶や、風景をはっきりと見ることと解読することを中断させる追憶があります。

 現実という側面は過去の残骸に接ぎ木されます——それら自体にある演劇っぽさの目撃者として。そして、それらの構成要素は、歴史が省略されたというのか、幻覚や奇抜さの象徴のように突然現れるかのようです。それでもこの場において、すべてのその一致と断絶とともに、私たちは私たち自身のアイデンティティの構成要素を判別するのかもしれません。

 多くの人は「日常の陳腐さ」として、あるいはキッチュへの関心として、これらのイメージを読み取りますが、私はどちらにも興味がありません。私は際限のないキッチュのカタログからモノの未知の領域を推定することにも、非常にたくさんのモノが、排他的なメカニズムと軽蔑の被害者というようにすでに格下げされていることにも、興味がありません。私の考えでは、「日常の陳腐さ」は無批判のまなざしの一部として見られるのみです——過去を引き延ばす態度、コード化された「真実」のみの崇拝。したがって、キッチュは表現されたモノではなく、無批判にモノを威厳のないもののゲットーへ格下げする行為——まさに見せ物小屋のひとつのアトラクションのように見られる行為です。

 私はキッチュとして描かれるモノについて撮影することを選びましたが、なぜならそれらのなかで重要な正反対のものの組み合わせをしばしば垣間見るかもしれないからです。コピーと本物とのミスマッチ、あるいは過去と現在におけるイメージへの願望とのミスマッチ。結局のところ、もしも私たちがその世界の語源学(エティモロジー)を明らかにしようとしていて、その初期の意味が縮尺の変化、重複、非現実、等しい反復、アナロジーイデオロギーと関係があるというのならば…さらにまた私たちはすべての写真を不可避のキッチュとして分類しないでしょうか?

 現在の作品はさらにまた「領土のアイデンティティ」に関する企画の一部であり、私の意見としては、それは採用された項目を対処することなしに実践することはできないものです。それは過去、私たちの都市の構造、私たちの風景、私たちの周りのイメージにおいて、それらの項目を見ることによるのみです。そしてそれらを現在に関連付けることによって、私たちは識別したり、検証したり、正体を暴いたりすることができるのかもしれません。そして、そのときに「風景」をデザインできるのかもしれません。

 

[1] 「なぜ〈Italia ailati〉という名前にしたか分かりますか? Italiaを逆から読むと《ailati》になるからです。《ai lati》は、少数派のイタリア、著しく変化して行く風景や暮らしのなかの周縁的なイタリア、という意味を示していました」(Ghirri, Luigi, A cura di Giulio Bizzarri e Paolo Barbaro con uno scritto biografico di Gianni Celati, 2010, Lezioni di fotografa, Mecerata: Quodlibet.(=2014,萱野有美訳『写真講義』みすず書房,67.)。

[2] 城の最上部にある、通路などで兵士を防御するための背の低い壁面。

[3] 醜い芸術や装飾品やデザインで、スタイルのない、まがい物であると多くの人が認めているが、一部では楽しまれているもの。

[4] 英訳ではここは「minaiture trinket」となっているが、原文や原著掲載図を参考に訳した。